
(天祖神社狛犬 阿のほう 2011年10月23日)
この神社は昨年大森駅から池上通りを蒲田方面へシコタマ歩く「太田文化の森ホール」に用事があった時に石段を登り、立派な狛犬が居るのを確認していたが、カメラを持っていなくて写真を撮ることができなかった。
今年も用事があったのでデジカメを持ち、周辺(といっても池上通り沿いだが)の神社も調べたのだが、実にこの地域、狛犬の質が素晴らしく「大豊作地帯」であった。この後ホールに行った後、春日神社、根ヶ原神社、熊野神社を回ったが想像以上の結果が待っていたのだ。
大正四年九月建之とあるが、親犬仔犬共に表情が豊かで、親犬の左前足は仔犬を押さえているのだが岡崎昭和型などとは明らかに違い、押さえつけることは無く、仔犬も親犬にじゃれていて、仔犬も親犬に押さえられてぎゃくにうれしそうである。窮屈そうにはしていても親にかまってもらいたい感じは抜群に出ている。
明治や大正期など、実に優しい表現が沢山の狛犬になされているのはなんと素晴らしいことであろう。
形式主義にとらわれず、親子の情愛がこれほど描かれているとは。

背中はこんな感じ。

吽の方は仔犬が2匹だ。
なんとほほえましいのだろう。親の背中によじ登り親のタテガミをかじり、もう1匹は親の手元で転げ周り、それを押さえようとする親の前足は実に丁寧に仔犬を扱い、変に転ばないように気をつけているように見える。
なんと様々な表情を封じ込めていることだろうか。
このような想像上の動物?でこのように我々が投影できるような情感をもって彫刻をされている。

境内の端にこのような物があった。

背中の部分が無いことから石の構造物の中から唐獅子がニョキっとでている木鼻のような感じのもので花カッ屋のだろうか。。。
大田区指定の注連縄の掛かったシイノキの下に丸い石に注連縄が掛けられていた。
古くは神明社と呼ばれていて祭神は天照大神のようだが、さらに古い時代のことは分からないようである。
シイノキの下の石のような原始的な信仰があったのであろうか。。。
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- 2011/10/24(月) 20:02:01|
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京浜急行の線路の近くで、やや京急蒲田寄りの梅屋敷といった感じの住宅街にある。
元は道祖神だったようで、社殿脇に掛けてある麻を借り首に巻くと喘息などに効くとの事で、治ったら麻を奉納するのだそうである。
道祖神の研究や探訪をしていらっしゃる方のことをTVでやっていたが、実に大変なことだと思う。

- 2011/10/11(火) 21:26:09|
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しばらく更新していなかった。縁があって行った土地などの神社はたとえ狛犬がいなくとも全部ここに記そうと思ったが、随分たまっている。
横須賀市のものなどはいろいろ歴史的背景など調べて・・・とおもっているとついつい書きそびれる。
ここは大田区蒲田の神社なので気楽にかけるがそれでも1ヶ月近く経ってしまったなぁ。
元の敷地は大変大きそうだが駐車場のスペースが大きくなっている。
実に立派な狛犬だなぁ。久々の大物に感慨ひとしお。

やや、後ろから見た尾の左右へ流れる型は外国犬深田神明社や若松町諏訪神社のワンコと共通するなぁ。


うわぁ~~ 昭和34年とあるが、この年代にまでこのスタイルのワンコが作られていたのだろうか。
この台の年号が狛犬の制作年であったとしたら凄いなぁ。


山野神社、天祖神社の合祀碑があった。
また社殿横には同じ形の3つのお宮があり、薬祖神社、稲荷神社、三十番神社があり薬祖神社には狛犬がいる。





こちらは岡崎型(しょうわ型)。紀元2600年であるから昭和15年奉納
この神社も成立が古いらしい。
東京神社庁の都内神社紹介のページより引用
________
延喜式神明帳に、武蔵国荏原郡田神社と記載された、いわゆる延喜式内社です。和銅2年(709)、僧行基がこの地に足を留め、天照大神、応神天皇、春日大神三柱の御神体を刻みて納め奉ると伝えられています、斎場としての歴史はさらにさかのぼり、第11代垂仁天皇の御宇神地神戸をお定めになって天神地祇を崇敬し給いし霊地とも伝えられ、この地に集落ができるとともに成立した蒲田創草の古社であります。
________
この紹介のように稗田神社の「稗」の字に草かんむりが付いている。
蒲の字の旧字がこの字に似ていて延喜式神名帳に誤記されたままになったらしい。
このいきさつは稗田神社の公式HPにくわしい。
http://hieda.kamatahachiman.org/shamei.html
11代垂神天皇のころに歴史がさかのぼるとい。
武蔵国でも武蔵野台地のほうは渡来人の入植であるが、このあたりは実に古くから住人がいたのでこの時代にから何かあったというのもうなずける物がある。
古くは海中であるが2500年ほど前から遠浅や湿地となり、1500年前にはこの地には古墳も多く天祖神社古墳の名も見られる。この二つに時代の間にこの地域の低地に人は住み始めたのであろうか。
いずれにしても、きわめて古い時代に蒲田の名を冠していたことからいろいろ古への想像が膨らむ。
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- 2011/10/05(水) 02:25:24|
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4月25日、ここ10年ほど月2回仕事で通っているJR中央線武蔵境駅周辺の神社である杵築大社に行って見た。
昨年夏、地図で神社を見つけ行ってみようと思ったのだが、暑さで延期。
仕事で行くためすぐ帰ってしまったり、また今度と思いついつい延期していた。
でででで・・・でかい。
杵築大社のほか、八坂神社、えびす大黒殿、稲荷社、富士山まである。
道を挟んで向かい側には弁財天、松平稲荷社がある(道路が通る前は同じ敷地であったのであろう)。
しかしデジカメを持って出ず、持ったのが中判6x6判の80mm標準だったため神社の由緒などは撮影できなかった。 HPなどを調べればよいとつい不精したら、看板に出ているような長い由緒は乗っていなかった。
とりあえずHPから抜粋~~~
当杵築大社は、三代将軍家光公の従兄弟で、出雲の松江初代藩主松平出羽守直政公の鷹狩場で、屋敷内に杵築大社(現出雲大社)と稲荷社両社を創建されて以来、本年で丁度350年武蔵境の鎮守様として、地元そして近隣の人々から厚い信仰をいただいております。

うんの方

杵築大社

向かいの敷地の寺院の中に松平稲荷社がある。

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- 2011/05/01(日) 00:45:10|
- 東京都多摩地区
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